会社から突然「減給」「退職」の二択を迫られた
その日の出来事を渡辺さんはこう振り返ります。
「A社に入って4日目、用事があったので午後6時ごろに定時退社したんですね。そうしたら翌朝、専務に『会議室にきなさい』と呼び出されたんです。ミスをした覚えもないし、私は首を捻りながら会議室に行きました。
すると、会長、社長、専務の3人が険しい表情を浮かべて待っていて、会長が『昨日、なぜ定時で帰ったんだ? 仕事が終わっていないだろう』と私を詰め始めたのです。最初は『何を言っているんだろう』と思いました」
システムのリニューアルというのは、半年や1年といった長い時間が必要な仕事です。数日間で終わる仕事ではありません。ましてや、渡辺さんはマネージャーとしてA社に入社したので、どのようなスケジュールで業務を進めるかについて裁量権をもっているはずでした。
「そのため、私には咎め立てされる理由がまったくわかりませんでした。しかし、そう説明しても会長は聞く耳を持たず、ずっと私を責め続けます。そして、しばらく押し問答が続いてから、会長からこう告げられたのです。
『給料を月85万円から月30万円に減額してうちに残るか、それとも会社を辞めるか、どちらかを選べ』と。つまり、『減給』『退職』の二択を迫られたわけです」
経営陣と面談した会議室になぜかビデオカメラが!

前述のように月給85万円というのはA社が提示してきた条件でした。それを入社わずか5日で、言いがかりのような理由で30万に減給すると告げられたのです。しかも、納得できないなら自主退職しろとも──。
「そんな二択を選べるはずがありません。他社の内定もすでに断ってしまった後です。そもそも、私には減給や自主退職を迫られる覚えはまったくないのですから。当然、提案を拒否しましたが、会社側も『どちらか選べ』の一点張りで、両者の主張は平行線でした。
やりたい仕事をするために、希望を胸に転職してきたはずなのに、なぜこんなことになったのか? 私は頭が混乱していました。そのとき、ふっと横を見ると、なぜかビデオカメラが回っていることに気がついたのです」
社内会議やミーティングの際にビデオカメラで録画するというのは、通常ではありえないことです。では、なんのためにカメラを回して録画していたのでしょうか。渡辺さんはカメラを見て瞬時に思考をめぐらせます。
「咄嗟に考えたのは、下手に答えたら大変なことになるということでした。たとえば、この場で減給を受け入れ、あとから訴訟を起こしたとしても、証拠を提出されたら『あなたは同意しましたよね』ということになります。
つまり、このカメラはその証拠を押さえるために回しているのではないかと考えたのです。だとすれば、会議室から解放されるまで時間はかかるかもしれませんが、絶対に会社側に明確な回答をしてはいけないと思いました」
後からわかったことですが、A社はこのようなトラブルの常習犯だったようです。他社よりも高待遇を提示して優秀な人材を集め、まんまと入社したら言いがかりをつけて減給を迫る。これがA社の手口だったのです。
渡辺さんは会社側に「減給」「自主退職」の二択を迫られている途中にそのことに気づき、なんとか最悪の事態を免れました。もっとも、それによって会議室から解放されるまで7時間もかかってしまったそうですが──。